老化予防 ―六味丸と八味丸―

富山大学 和漢医薬学総合研究所 教授 鹿野 美弘

 東北に鉄鋼業で栄えた釜石があります。その釜石の橋の1つは普通とは違い、車用の橋と平行して人用の橋を兼ねた市場があり、橋上市場といいます。アーケード風で両側に店が並び、真ん中に品物台があるので、通路は2本です。一方から入って歩いて行くと反対側に出るので自然に橋を渡っています。

 この駅側の端は店がなく、チョットしたホールになっていて、そこでは20人位の人がそれぞれ半畳から1畳くらいの台を自由に出して、朝は6時頃から昼前後まで三陸ワカメ、ホタテ、ウニなどを並べて売っています。私は釜石に行くといつもそこで三陸若布を買います。

いつも決まって度の強い老眼鏡をかけ、痩せたご高齢の女性から買うことにしていました。いろんな数の束で、たくさん購入しても、電卓なしにすぐに金額を言い、「ちょっとまけて」などと言うものならキッと睨む位に頭の働きが衰えていない方です。

 そして朝早くから働いて居られる。朝、売り物を乳母車に乗せて来るのは当然で、街を歩く時も乳母車。その女性はいつも乳母車。

 その乳母車の理由は、「私は毎日元気で過ごさせて頂いているが、いつお迎えが来るか判らない。道を歩いている時にお迎えが来てスッーとそのまま道端に倒れるかも知れない。その時には気の付いた人が私を乳母車に乗せて家まで運んでもらうために押している」と。

 生物である以上、万物の霊長である人間といえども死は避けられません。

 寝たきりにならず、認知症になることもなく、日々健康に生きて、そして苦しむことなく自然に死を迎えることを誰もが望んでいます。丁度、焚き火が燃えながらゆっくりと消えていくように。



しかし、永年の無理などによって身体のバランスが崩れて、希望通りにはいきません。その崩れを上手に補っていく方法が漢方医学にはあります。

 そこで漢方医学的に生命の根本を考えてみましょう。

 生命体を薪と炎からなる焚き火に例えましょう。薪だけでは生命活動がなく、薪なしに炎はありません。薪を燃やして炎が出ます。

 この薪と炎のバランスが良いと適当な焚き火になり、少しずつ燃えて焚き火は小さくなり、最後に燃え尽きます (生命をといい、物質である薪の部分を「陰」、働きの部分である炎の役割を「陽」といいます)

 さて、この炎(陽気)と薪(陰液)のバランスが悪いと良い焚き火ではない、すなわち不健康ですが、この状態を考えて見ましょう。

 炎が小さいと焚き火がなかなか燃え尽きない点では、人生で言えば長生きですが、活力のない人生になります。このような炎が相対的に弱い状態を腎陽虚(生命の働きが弱い)といいます。

一方、炎が強い場合、薪()が相対的に少ない状態であり、腎陰虚(生命の物質が不足している)といいます。普段は一見、元気が良くて力強いですが、すぐに燃え尽きます。「えっ、お元気だったのに・・・」とか「惜しい人を亡くしました」とかいわれる早死に型の人でしょう。

高齢になれば誰でも「腎虚」として「白髪、脱毛、歯の脱落、皮膚の萎縮、知覚・知能・運動神経系の低下、記憶力の低下、不器用、つまずき易いなど」の症状があります。

これらの症状に加えてさらに「腎陰虚」の人は、腎虚でもほてり型で、のぼせ易く、口・咽喉が乾燥し、イライラし易くなります。性欲も亢進傾向ですが精液は少なくなります。

逆に「腎陽虚」の人は、四肢が冷え、昼間に眠くなり、夜間多尿、性欲も低下します。

このような高齢に伴う諸症状の予防に、補腎薬として六味丸が基礎治療になります。六味丸は40歳過ぎれば全ての人が保健薬として六味丸を服用しても良いものです。

さらに腎虚から腎陰虚に傾けば、「ほてり、のぼせ、足臭い、口臭い、脱毛しやすく、性欲も強い型」ですから、補腎の六味丸に、熱を冷ます(炎を小さくする)清熱薬の知母(チモ)黄柏(オウバク)が加わった知柏(チバク)地黄(ジオウ)(ガン)(知柏六味丸)が身体に合います。

一方、腎陽虚では「冷えて生命力が低下し、昼間もうとうと眠り、性欲も少ない型」なので補腎の六味丸に、(炎を強める)温熱剤の附子(ブシ)桂皮(ケイヒ)を加えて活力を高めます。この附子と桂皮が六味丸に加わった処方が八味丸(八味地黄丸)です。

40-50代で腎陰虚の熱型には知柏六味丸を使います。さらに高齢になれば冷え型が多く八味丸(八味地黄丸)を用います。どちらでもない方は保健薬として六味丸にしましょう。

腎 虚

腎精虚(物質的)

腎気虚(機能的)

小児:泉門閉鎖の遅れや歯の発育   不良


成人:白髪脱毛、骨格の変形、皮   膚の萎縮、筋肉の軟弱、白   内障、歯の脱落等

小児:運動神経神経反射、知能    の発育不全。歩行、言葉、脱おむつ等の遅れや夜尿病など

成人:知能運動神経、性機能の衰弱、不器用、つまずき、緩慢な動作、脱力、記憶や記銘力の低下、感覚の低下、勃起不全、早漏、排尿異常等

六味丸(一般的な腎虚)、知柏六味丸(ほてりのある腎陰虚の方へ)、八味丸(冷えのある腎陽虚の方へ)の区別が正しい使用のポイントといえます。

腎陰虚

 

腎陽虚

機能の仮亢進=ほてり

機能の低下=冷え・寒

腎虚+熱感乾燥と仮亢進

腎虚+冷えと水滞

身体の熱感、のぼせ

口、喉の乾燥感、手足のほてり

イライラ、不眠、

濃い尿、堅い便

性欲の仮亢進(勃起はするが、

精液は薄く、性感は少ない)

寒けや四肢の冷え

寒冷を避けて、温暖を好む

嗜眠

頻尿、多尿、夜間多尿、失禁

性欲減退、インポテンツ、

不妊、月経異常、無月経、滑精

:紅〜深紅、乾燥 ほぼ無苔

:細脈  尺脈は弱

:淡白、胖大 白薄〜白滑

:沈遅、無力